【番外編⑨】転職を決めた社員を、引き止めなかった理由

キャリアストーリー

本社に転勤してからの話です。

増員をして、ようやく二人体制が整った、これで大丈夫だと思っていた矢先のことでした。地方出張から本社に戻ると、一人が辞めるという話が持ち上がっていました。てっきり後から入った方が辞めるのかと思っていたら、そうではありませんでした。仕事もすっかり覚え、これから中堅どころになろうかという、あの子が辞めるというのです。


黙々と働く、筋の通った子だった

彼女は、本社とフロアが同じ支店で、長い間ひとりで事務作業をこなしていました。決して効率のいいやり方ではなく、改善の余地はたくさんありましたが、それでも黙々と作業をこなす姿がありました。

彼女はとても頭のいい子でした。前任者のミスを見つけて本社の経理に報告したこともあったのですが、そのまま改善されずに放置されてしまい、それ以上は自分から動くことができませんでした。結局、その件は後になって私が整理することになるのですが、掘り下げてみると、売掛・買掛の管理がかなり杜撰な状態になっていたことが分かりました。彼女は、その入り口を見つけていたのに、そこから先に進めなかった。若さゆえのことでもありましたが、この出来事は、管理することの大切さをきちんと伝えていく必要性を、私自身が強く感じるきっかけにもなりました。

それでも、彼女は残業になっても嫌な顔ひとつせず、黙々と仕事に向き合う人でした。就業規則もしっかり目を通していて、始業や退社の時間など、なんとなく有耶無耶にされがちなところは、組合を通してきちんと主張してくる。内気な性格でしたが、一本、筋の通った子でした。

自宅が遠く、通勤に時間がかかるうえに残業も重なると、平日は仕事だけでくたくたになっていたと思います。仕事量そのものも、改善の途中でひとり分としてはかなり多く、私も手伝えるところは手伝いながら、できるだけコミュニケーションを取るようにしていました。

そうやって日々の業務をこなしながら、彼女は仕事の流れをつかみ、経験とスキルを積み上げていきました。


辞めると決めた人に、説得は意味がない

だからこそ、彼女の退職の話は、正直、驚きでした。理由を聞くと、知り合いから誘われたIT系のベンチャー企業で働くことに決めた、とのことでした。残業が多く、自分の時間もなかなか取れない今の会社より、彼女の目にはずっと輝いて見えたのだろうと思います。支店長や営業社員は「そんなに甘いものじゃない」「新規の会社は安定性がないからやめたほうがいい」と引き止めていましたが、辞めると決めた人を説得しても意味がありません。すでに会社への未練はなく、たくさんの仕事をこなし、流れをつかみ、スキルを積み上げてきた彼女には、もう怖いものなどなかったのだと思います。


新たな人生へ、エールを送る

もし自分だったら、と考えたとき、若さというのは挑戦できる強みだと思いました。私自身も、2回の転職を経験しています。ステージをひとつ上げることは、立派な自己成長だと思っていたので、私は彼女にエールを送りました。

ひとりの人間を社会人として育て、新たな人生に送り出す。名誉なことだと思います。私も、企業に育てられた人間だから。


執筆者:中小企業 元一般事務員・元役員

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